マニック・ストリート・プリーチャーズの詩人リッチー・エドワーズはどこに消えた?

1995年2月1日。マニック・ストリート・プリーチャーズ(愛称:マニックス)のギタリストであるリチャード・ジェームス・エドワーズ(リッチー・ジェームスorリッチー・エドワーズ)はロンドンのホテルから失踪した。1995年はブリットポップの絶頂期だった。

ブラーがブリット3部作の「ザ・グレイト・エスケープ」を、オアシスが大ヒットした2ndアルバム「モーニング・グローリー」を、パルプがプラチナディスクである「コモン・ピープル 」を発表。90年代初めに流行したマッドチェスターが終わりを迎え、前年の1994年にはニルヴァーナのカート・コバーンが自殺したことによってグランジも姿を消そうとしていた年だ。

時代という波に浮いていたマニック・ストリート・プリーチャーズ(Manic Street Preachers)

ウェールズ出身のバンド、マニック・ストリート・プリーチャーズはいずれのブームにも属していなかった。ダンサブルなマッドチェスターでも、インテリっぽい捻れで英国ロックの回帰に向かったブリットポップでも、アメリカで流行したグランジでもなく、当時は時代遅れともいえるポストパンクから多大な影響を感じる。

デビュー時から3枚目のアルバムを発表するまでの時期、マニックスは完全に遅れてきた正統派ブリティッシュパンクそのものだった。その中心にいたのがリッチー・エドワーズ。その人だ。

いつでも「4 REAL」だったリッチー・エドワーズ(Richey Edwards)

こんな有名な逸話がある。

イギリスの音楽雑誌NME(ニュー・ミュージカル・エクスプレス)のインタビューで、相手の態度にイライラしたリチャードジェイムスが「4 REAL(本気だぜ……)」という言葉と共にカミソリで、インタビュアーの目前で自分の腕を切り刻んだ。

マニックスは1991年に1stシングルを出した後にこんな宣言を言い放った。「30曲入りの2枚組デビューアルバムを出す…そして世界中でナンバーワンにしてから解散する」。いや、それは挑戦的な公言だった。

大胆としか言いようがない。音楽関係者からは「ホラ吹き野郎」とか「大げさな宣伝で売ろうという汚いやり方なんだろ……」という扱い方を受けた。デビューしたての新人バンドが世間を舐めたような言葉で叫んでいたのだから当然の反応だったと言える。

「4 REAL」=「for REAL」。リッチー・エドワーズのセリフがどこまで本気だったのかは謎だ。ただ、それ以降もリッチー・エドワーズはバンドのスポークスマンとして、否が応でもマニックスのイメージを良くも悪くも作りあげていった。

リッチー・エドワーズの限りなく詩に近い詞

1994年8月。3rdアルバム「ホーリー・バイブル(The Holy Bible)」を発表する。一言で表すと、暗い音が詰まっていた。良い意味で言うと、あらゆるものに批判と抵抗をしていた。全曲がまるでひとつの曲のように流れていく名盤だ。

このアルバムからの第1弾シングルは「Faster / P.C.P.」のダブルA面だった。作詞のクレジットはリッチー・エドワーズとベース担当のニッキー・ワイアー。アルバムのブックレットにアメリカの詩人シルヴィア・プラスの言葉が引用されていることから「ファースター(Faster)」はリッチー・エドワーズがメインの作詞だと想像できる。

リッチー・エドワーズは好きな詩人として、アルチュール・ランボーやウィリアム・バロウズ、そして必ずシルヴィア・プラスの名前を挙げていた。引用されているのはこんな一節だ。

I talk to God, but sky is empty.

引用:The Unabridged Journals of Sylvia Plath

直訳すると、こんな感じだろうか。「僕は神に向かって話しかける、けれど、空は空っぽ」。

イギリスのシングルチャートで最高16位だった「ファースター(Faster)」はこんな最後では、この一節に応えるかのようなリフレインで終わっていた。

マニックスは3枚目までのアルバムを彼に託していたかのように思える。それはバンドごと心中するかのようだった。何度聴いてもギリギリのラインで曲が作られていたように感じてしまう。「ホーリー・バイブル(The Holy Bible)」。意味は、聖書だ。皮肉な運命だ。聖書を作り上げたあと、リッチー・エドワーズは精神の崩壊への道を突き進んでいった。

リッチー・エドワーズはどこに消えた?

「ホーリー・バイブル」発売後、ドラッグや自傷行為など様々な問題を抱えていたリッチー・ジェームスは精神を病み、入院した。復活するも、最初に書いたとおり失踪してしまう。失踪後、彼が見つかることはなかった。愛用の自動車は自殺の名所である橋の近くで見つかったという話が残っている。自殺、誘拐、など様々な噂が流れた。そして、2008年11月、彼の法的な死亡宣告が出された。

彼は、今、どこにいる?

美少年の面影など微塵もなく、ロンドンの裏通りに座り込んでいるのか、それともウェールズの田舎町でひっそりと暮らしているのか……メンバーは今も死亡については完全に否定している。

神に見放されたとは考えたくない。生きて、どこかで、現在もこの時間を費やしている……そう思いたい。3人になり未だに活動し続けているマニック・ストリート・プリーチャーズ(マニックス)の音を聴いているはずだ。そう、信じている。今も、この世界にいる。そうあって欲しいと願っている。