「小さな恋のメロディ」- CSN&Yの「ティーチ・ユア・チルドレン」が流れるラスト

1971年、本国イギリスやアメリカで全く売れなかった映画「小さな恋のメロディ」。日本ではヒットした。とても珍しい現象だ。ビージーズの歌が全編に流れた。「メロディ・フェア(Melody Fair)」と「イン・ザ・モーニング(In The Morning)」は日本でのみシングル化され、「メロディ・フェア」にいたってはオリコン3位まで上がった。サントラ盤がCD化されたのも日本だけらしい。未だにファンは多く、オールタイム・ベストに選ぶアーティストも少なくない。

ビージーズ「メロディ・フェア」

ビージーズに対するイメージは世代によって、はっきりと分かれる。「メロディ・フェア」のビージーズと「ステイン・アライヴ」のビージーズだ。片や、地声で歌われたソフトなロック。「サタデー・ナイト・フィーバー」以降は裏声のディスコ・ミュージックだった。

1977年に映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が公開された。順番としてはこの製作以前にディスコ・サウンドに急変化したビージーズの楽曲を映画に採用したというのが本当なのだけれど。おそらく、全世界的には「サタデー・ナイト・フィーバー」によって売れるためのディスコ・ミュージックに鞍替えした、ポリシーのないビージーズというイメージかもしれない。

1971年の空気とアメリカン・ニューシネマ

「小さな恋のメロディ」はアラン・パーカー監督の初作品だ。後に「ミッドナイト・エクスプレス」や「フェーム」、「ピンク・フロイド ザ・ウォール」、「エンゼル・ハート」、「エビータ」などの傑作を生み出した。

1960年代後期から、アメリカン・ニューシネマと呼ばれる、反体制的な若者を主人公とした刹那的なエンディングを迎えることの多い作品群が数多く発表された。長期化するベトナム戦争に対する政府への反発心という時代背景もあった。

始まりは1967年のアーサー・ペン監督「俺たちに明日はない」と言われている。実在するボニーとクライドをモデルにした映画だ。結末は、ほぼ実話通りの悲劇的な終わり方だった。他には、デニス・ホッパー監督の「イージー・ライダー」や「真夜中のカーボーイ」、「いちご白書」、「フレンチ・コネクション」、「ダーティハリー」などが挙げられるだろう。

これまでの、たとえば西部劇のように善と悪が分かりやすくはっきりしていて、善のヒーローが活躍し、夢とか希望とかが与えられるような映画ではなかった。どちらかといえば、絶対的な悪に人間としての悲哀さを浮き彫りにした類の作品が多かった。

音楽の世界でも、大型野外フェスの元祖と言われるモンタレー・ポップ・フェスティバルが1967年に、カウンターカルチャーの象徴とも言えるウッドストック・フェスティバルが1969年に開催された。

スペシャルなユニットだったCSN&Y

CSN&Y(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)は今で言うところのスーパーバンドだった。

サイケデリック・ロックの先駆けであったバーズ(The Byrds)のデヴィッド・クロスビー。日本の初期ロック界にも多大な影響を与えたバッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、ザ・ホリーズのグラハム・ナッシュ。それにバッファロー・スプリングフィールドから抜け、ソロとして活躍していたニール・ヤングが加入した。ただ、元々、相性の悪かったスティルスとニール・ヤングが対立し、活動期間はわずか1年ほどで終わりを告げる。

1970年に発売されたアルバム「デジャ・ヴ」に収録されていたのが「ティーチ・ユア・チルドレン(Teach Your Children)だ。

「小さな恋のメロディ」のラストシーン。ダニエル(マーク・レスター)とメロディ(トレイシー・ハイド)が友人たちの助けを借り、トロッコで逃げていく場面に、この曲が流れる。

美しいハーモニーの曲だけれど、少し説教臭い歌詞で、映像とはミスマッチな感じがする。「きみの子どもたちに教えてあげよう」とか「きみの両親にもよく教えてあげるんだよ」とか。どこから視線?な曲になっている。

「ティーチ・ユア・チルドレン」

日本に受け入れられたのは全編に流れるはっきりしない甘さだろう。アメリカの濃い映画にそろそろ飽きていたせいもある。「好きに反抗して、好きに暴れて、好きに自滅してろよ…」というノリだ。そんな隙間に現れたのが「小さな恋のメロディ」だった。ぬるいと酷評された温度が、日本では適温だったように思う。

主人公ダニエル役のマーク・レスター、ヒロイン役のメロディであるトレイシー・ハイド、ダニエルの悪ガキ仲間トム・オーンショー役のジャック・ワイルド。そして、それを彩る風景。全てが生ぬるい温度に包まれている。

ラストシーンでダニエルとメロディの乗ったトロッコは画面の奥に消えていくが、決して逃げ切ることはできない。できるはずもない。きっと、どこかで捕まる。いつか、大人たちに手を捕まえられるのは分かっていることだ。どこにも行けない。現実に引き戻されてしまうなんてふたりとも充分、知った上でトロッコを漕いでいた。先に何が待っているのかなんてどうでもいい。今、こうやってふたりで同じ時間と場所にいる……それが最も大切なことだと信じているように映画では描かれていた。

ミスマッチに思えた「ティーチ・ユア・チルドレン(Teach Your Children)」。歌詞の最後を読めば、この曲をラストに選んだ理由がわかるように気がする。甘さは、あくまでも大人から見た感想だ。時に、大人になった元・子どもたちはティーンエージャーの頃に感じていた甘さを嫌う。不思議だ。誰もが持っていたものなのに。映画「小さな恋のメロディ」には大人を怖がらせる甘さがある。