高階杞一「キリンの洗濯」- こんな詩と詩人に出会えたことが幸せ

「キリンの洗濯」(高階杞一)は1990年に第40回H氏賞を受賞した詩集だ。作者の詩人、高階杞一さんのサイトはここ。 http://tkiichi.sakura.ne.jp/ 略歴を含めて、さまざまな情報が掲載されている。そして、「キリンの洗濯」に収録されている表題作はこんな感じで始まる。

二日に一度
この部屋で キリンの洗濯をする
キリンは首が長いので
隠しても
ついつい窓からはみだしてしまう

(引用:高階杞一「キリンの洗濯」あざみ書房)

自分は未来を狭めるような運命という奴は信じていない。ただ、出会うべくして出会うようなモノが存在すること。それは信じるしかない。「キリンの洗濯」は、そんな詩集だ。出会うべくして出会った。今でも、そう、思っている。

初めて、この詩集を手にとったのはN市にある本屋だった。自分は古書店を含めて、無類の本屋好きだ。ちょっとした暇があると必ず立ち寄ってしまう。「キリンの洗濯」は詩集のコーナーに置いてあった。ざらざらとした手触り。優しげな表紙のイラスト。自分のなかにある何かがざわめいた。

でも、すぐには買わなかった。持ち合わせがなかったわけでも、時間に急かされていたわけでもない。大した理由もなくすぐには買わなかった。週に一度ぐらいのペースでその本屋に行っては「キリンの洗濯」を立ち読みするようになった。そして、何度目かの立ち読みで、気がつけば詩集を手に持っていて、レジで店員さんにお金を払っていた。

また、帰り道の電車の中で読んだ。ゆっくりと文字に目を通した。買ってよかったと思った。本を買うという行為は、その本の世界そのものを自分が手にするのと似た感覚がある。出てくる言葉は、決して難しくない。いわゆる、難解な現代詩とは対極にある。頭のなかに不思議な世界が広がっていた。現実の、少し隣にあるような異世界は、自分の、完全に好みだった。

まったく奇をてらった詩ではない。自然なくらい、詩の世界へと誘ってくれる。それがこの作品の上手さであり、旨さだと思った。日常からのズレと歪みの妙味。特別な言葉はなく、その組み合わせで、これほど、まっすぐに別世界へと連れて行ってくれる詩の集まりは初めてで、自分は素直に驚きを覚えた。

いつしか、この詩集は宝物になった。今でも、本棚の一等地に置いてある。自分に影響を与えてくれた詩集を挙げろ、と言われたら、迷いなく「キリンの洗濯」を選ぶはずだ。何度も読み、少し日焼けした本には愛着と想いが詰まっている。

たぶん、あの頃に、自分が求めていた何かを埋めてくれたのがこの詩集だったと思っている。それが運命という事柄なんだといえば否定しない。出会うべき時期に、出会える幸せは、何よりも代えがたいこと。そんなふうに感じる。

出会えて……「ありがとう」と心から感謝したくなる。それでも、誰かに勧めたりしないのは独り占めしたいワガママなのかもしれない。

今、自分のワガママを解放してみた。

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高階杞一「日々のあれこれ」
日々のさまざまな思いや出来事を、つれづれなるままに

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