20歳前後に最も影響を受けた漫画 -「風呂上がりの夜空に」小林じんこ

思春期がいつからいつまでなのかは分からない。

それでも、思春期の1冊はなに?と尋ねられたとしたら、あるマンガが頭に浮かんでくる。甘酸っぱい匂いがするのは年齢を重ねたせいじゃない。感傷? いや、あの頃を思いだすわけでもない。初めて読んだときから、そんな匂いが残ったままだ。

「風呂上がりの夜空に」(小林じんこ)。

未だに処分できない。手元にないと、当時の自分を否定してしまうような気さえする。週刊ヤングマガジン(ヤンマガ)で連載していた。ちょうど大学生あたりのときだ。毎週、読んでいた。コミックスも買った。本棚の端っこ。いつでも手に取れる位置に置いてある。

1984年から1987年。ヤンマガといえば「AKIRA」(大友克洋)、バタアシ金魚(望月峯太郎)、後に「僕が猫だった頃」に収録された、さそうあきらの短編、など、個性豊かなマンガ家たちがいた。

それでも「風呂上がりの夜空に」が一番だ。

今もそれは変わることがない。マンガのオールタイム・ベストと選ぶとしたら必ず上位に入るだろう。「おともだち」(高野文子)、「バナナブレッドのプディング」(大島弓子)、「A-A’」(萩尾望都)、「日出処の天子」(山岸凉子)、「ワン・ゼロ」(佐藤史生)などに混ざる。

理由?

もちろん、タイトルがRCサクセションの「雨あがりの夜空に」からだったり、物語に「君が僕を知っている」が、ものすごく自然に出てくることもある。清志郎チルドレンのひとりだからね。

主人公のひとりである花室もえみたいな女子がいたこともリンクしている。甘酸っぱい匂いがするのは、そのせいであることが否定できない。詳しくは語らないよ。そういう時期って、多くの人にあるでしょ。

何よりも登場人物のキャラが濃かった。某高等学校に憧れもあった。ノリとしては近い高校だったけれどね。つまらない大学の授業には刺激がなかった。毎週のヤンマガ発売日を楽しみに待ち望んでいた。

決定打は実質的な最終回である第60話だ。サブタイトルも「風呂上がりの夜空に」。その次の最終話は第61話でななく「完結編」となっている。後日談のような物語だ。

第60話は冒頭あたりから、思春期の心をくすぐられた。もう、ひとりの主人公、松井辰吉と花室もえのシーンだ。辰吉が自転車で、もえの風呂屋さんから出て行くシーン。セリフを引用する。辰吉のモノローグだ。引用する。

振り向いたら
アイツは手を振ってて
振り向かなかったとしても
手を振ってて
振り向けて良かった――と思った

引用:「風呂上がりの夜空に」第60話

このシーンで出てくる、もえの笑顔が純粋そのものだ。この純粋の前には、もえの黒い過去も出てくる回もある。それだからこそ、この笑顔がさらにキラキラと眩しく感じてしまう。心の底から誰かのことを想うっていいよね、そんな気分にさせてくれる。

トドメは第60話の最後だ。辰吉ともえが再会してから1年という設定になっている。「運命の出会いの土手っぷち」を散歩しているシーンだ。もえが辰吉に言う。

今朝
辰吉くんが振り向いた時に思ったの
自分の中の自分の知らない意識と
宇宙とは

やっぱりいっしょにあるから
出会うべき人に出会えるんだって
夢は絶対かなうものでさ
かなった時に
みんな
その思いが純粋だったことに
きっと気づくんだろうなぁ
なんて

引用:「風呂上がりの夜空に」第60話

後半のセリフが突き刺さった。20歳を過ぎた自分に、こびりついて離れなかったんだよね。それは今も、だ。信じている。どこかで信じている自分がいるのが不思議な感じ。ときどき、自分に問う。それは純粋な思いなのかって。

コワイよ。数十年も、カラダにくっついているんだから。「風呂上がりの夜空に」に惹かれたのは、作品の質はもちろんだけど、タイミングもあったはずだ。絶妙だった。逆にいえば、出会っていなかったら、現在とは少し違う自分がいたのかもしれない。

もしも、時間が止まって、自分だけが動いていて、未来がなくなったとしたら、「風呂上がりの夜空に」を読んでいると思う。それは、例えば、自分がこの世から消えたとしても同じかもしれない。あの世で、読んでいるはずだ。

人生に先がみえないなら、ぬるま湯につかっていたい。

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※追記
小林じんこです。ちょっと前の最新刊のこちらもよろしくお願いします。

どうしても、このコラムを書きたかった……それが切実な気持ちでした。失礼を承知で小林じんこさんに連絡をとり、あっさりとコミックスの表紙使用とセリフ引用のOKをもらい、身体中の力が抜けた瞬間を覚えています。

このテキストは、わたしの恩返しです。

最後のやりとりで「何か、じんこさんから一言あれば、最後に付け加えます!」とお願いした文章が、上の一文でした。

「風呂上がりの夜空に」はこちらで立ち読みもできます。